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さよなら、いもうと。 感想

4月 21, 2012

何かいい本は無いものか。そう思いBOOKOFFに足を運んだところ、この本を発見。
なんとなく良さそうだったので買ったのだが、思いの外良かったので紹介。偶然とはいえこの本に出会えてラッキーでした。

 *** *** ***
トコが死んだのは三日前のことだった。
交通事故だった。大型トラックに轢かれたとだけ聞かされた、遺体は見ないほうがいいと言われた。そんな死に方だった。
そう、そりゃ言葉では分かっている。人間いつか誰だって死ぬってことは。自分であれ、他人であれ、事故なのか、病気なのか、寿命なのか。
でも、俺は死ぬってことがまだよく分かっていなかった。そしてもっと分かっていなかったのは、人が生き返るってことで――。
由緒正しい魔法の日記に書かれていた

「お兄ちゃんと結婚したい」

という言葉のせいなのか、妹――トコは生き返り、また俺と暮らすことになったんだ……。

 *** *** ***
と、これがあらすじである。
これだけ読むと、妹が生き返って、妹の想いを知った主人公ヒロシと妹がイチャイチャするラブコメに見えるかもしれない。
しかし、これはそうじゃないのだ。いや、それだけじゃないのだ。
確かに「妹萌え」によくあるイベント(着替えを覗いたり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たり、頭を撫でたり、あーんしたり)はある。確かにトコは可愛い。
その他のキャラクターもそれぞれに人格があり、生き生きとしている。
だが、それがこの本の本筋ではない。ましてや、魔法のちからなんてどうでもいい。
この本は、「魔法」や「生き返ったいもうと」を舞台装置として、別のことを伝えようとしている。
それはヒロシと母との会話や、ヒロシとトコとの会話の随所に散りばめられている。
”さよなら、いもうと。”……これは、厳しい現実を、甘い不思議に添えて描いている。

人は突然死ぬ。なんの前触れもなく、大した理由もなく。
突然死に、突然生き返ったトコ。突然知らされた、トコの想い。
明日のことは分からない。そう思い知らされても、思い知らされたはずなのに、
それでも何も決められない、なんとなく生きている自分。

「本当、世界っていうのは容赦ないな」

それらを一言に集約したのが、主人公のこの言葉だ。

そして、主人公はトコのことを思いながら、こう考える。

”お嫁さんなんてどこまで行っても他人でしかない。
死が二人を別つまで――それを神の前で愛する二人は誓い合う。でも、それだけのことだ。
死んでしまえば終わり。神様もそれ以上のことは要求してきたりしない。”

”でも、トコとは違う。
もう死んでしまったけど、トコはいつまでも妹だ。
死が二人を別つとも、俺たちの関係は切れることなく続いているのだ。”

不覚にも、グッと来てしまった。つまりは、こう言いたいのだ。
恋人と結婚しても、どこまでいっても他人。死んだら終わりの関係。
でも、兄といもうとは、それくらいで切れる関係じゃない。絆じゃない。死んでも、ずっといもうとなのだ、と。
これは、単にヒロシにとって 恋人 < いもうと というわけではない。
恋人は大切だ。けれど、恋人では決して届かない領域にいもうとはある。
ヒロシの心には、いつもトコがいる部屋が確かにあるのだ。
だから、トコはいもうと。ヒロシにとって、トコはいもうと。

そしてヒロシは心のなかで別れの言葉を繰り返す。

さよなら、いもうと。
いつまでも、いもうと。
さよなら、いもうと。
でも、今日も明日も、いもうと。

最後に、ヒロシのクライマックスでの言葉をひとつ。
「でも俺はきっと逃げたのだ。自分の命惜しさにトコを見捨てるという選択をして生きていくことを選びたくなかったのだ」
ヒロシはこの後どんな人生を送り、どんな人間になるのか。とても知りたくなります。

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